こんにちは

 

もってぃーです。

 

今回は、脳梗塞になった上に胃ろう手術をして、ご飯を食べられなくなった祖父が、再び食事をできるようになるまでの記録をお伝えしていきます。

 

突然脳梗塞が起きて入院

朝市場で魚を買いに出かけていた祖父が倒れたと連絡が入り、祖母と一緒にいつもメニエルや糖尿病を診てもらっている病院へ行きました。

(脳梗塞特有の口が曲がったり言語が話せなくなるという症状が出ていなかったため、その時は脳梗塞とは思わなかったです。)

 

目立った症状としては、体がふらつき歩けないだけでした。

(私と祖母はいつも祖父が倒れる際は、だいたい糖尿病かメニエルが原因だったため、今回もそうだろうと考えてましたね(汗))

 

半日ぐらい病院で点滴をしてもらっていましたが、良くなるどころかだんだん呂律が回らなくなり悪くなる一方でした。

 

(言語がはっきりしていたのに、単語が言いづらくなり最後は話せなくなる・・・って恐ろしいですよね。)

 

母やお見舞いに来られた親戚が、これは何かおかしい病院を変えた方が良いと言い、急遽広い分野を扱っている病院へ診てもらいに移動しました。

 

そこで、やっと祖父の出ていた症状が、脳梗塞だと分かったのです。

 

脳梗塞は、症状が出てから3-4時間の間なら薬を打ってちらすことができます。

 

祖父が間に合わなかった原因としては、(糖尿病の)病院へ行かなかったのが大きいです。

 

(祖父が言うには、倒れた日に魚を小売して、病院に行く予定だったそうですが、一日速かったら結果が変わっていたかもしれません。)

 

入院日:2月20日

入院1ヶ月、頷くことも食べることもましてや体を動かして何かを伝えることす出来なくなりました。

 

(人工呼吸は入院の段階から使用)

 

リハビリは、上がっていた熱が下がってから開始。

 

(リハビリ場所までは、動けないため車椅子で移動)

 

入院から10日目辺りから、胃ろうをするかどうかを医師から聞かれるようになり、祖父がいる病室で、胃ろうの説明と注意点を祖母に話しました。

 

(この時、祖父は話を聞きこのままでは死ぬと理解して、生きようと気力を燃やしたそうです。)

 

胃ろうは、鼻からの点滴による栄養摂取では間に合わず生命に関わるため手術をすることになりました。

 

(胃ろうをする際、医師・家族共にお通夜状態だったのは、今も覚えています。)

 

※調査によると胃ろうをしてからの生存率は「1ヶ月後:95%」「1年後:64.4%」「5年後:25.1%」

胃ろう手術日:3月9日(入院から17日後)

胃ろうをしてから、諦めかけていた祖父が(特にのどを動かす)リハビリを全力で取り組むようになりました。

 

(ご飯を飲み込むために、のどの神経を復活させる必要があったため)

 

そこから約3ヶ月以上リハビリの日々が続きます。

入院してから約3ヶ月、再びご飯を食べられるように

約3ヶ月以上頑張った結果、最初は水が飲めるようになり、柔らかいもの少し硬いものと進歩していき、ついにはGWを数日過ぎた辺りから、再び”ご飯を食べられる”ようになりました。

 

(この段階では、看護師さんや家族が食べ物を口に運んでもらいながら食事)

 

自分の口でご飯を食べられるようになってからは、胃ろうを使うことはなくなりました。

 

(病院食はあまり美味しくないと言っていたので、こっそりゼリーやお菓子を祖父に買って渡したりも(笑))

入院して約5ヶ月後:7月2日退院

しばらくリハビリの日々が続き、胃ろうの手術から約2ヶ月後の7月2日に退院しました。

 

(退院後、3ヶ月ほどは週1回のペースで迎えが来てリハビリへ。

 

言語障害に関しては、1年以上掛けてゆっくり回復していき、2年経った今では呂律がしっかりしています。

おわりに

祖父が、話をできるようになってから聞いた話ですが、私達が話しかけたことは反応はできなかったけども・・・聞こえていた”と言っていました。

 

ですので、もしあなたの周りで脳梗塞が発症した方がいたら、反応が薄くても諦めずに声を掛けてあげてください。

 

そして、胃ろうをすると死亡率が上がってしまうのは、入院により普段できていたことが出来なくなり、ベッドで寝たきり生活からさらに、食事というエネルギー源まで取り上げられ、生きる気力を失ってしまうからではないかと、私は思います。